小室哲哉(こむろてつや)、5億円詐欺容疑で逮捕へ

毎日.jp『小室哲哉:5億円詐欺で逮捕へ!離婚も濃厚』より

人気音楽プロデューサーの小室哲哉(49)が所有していない著作権を譲渡すると偽って兵庫県内の投資家から5億円をだましとった疑いが強まり、大阪地検特捜部は3日、小室ら取引に関係した計3人の逮捕状を取った。4日に事情聴取し、容疑が固まり次第逮捕する。

僕は小室ファミリーの曲ってあまり聞いたことはないのですが、めちゃくちゃ流行っていて、テレビではハワイの豪邸で絶景を見ながらレコーディングするというような放送を見た記憶があります。

お金ってすごいパワーを持っていると思います。世の中のほとんどの犯罪がお金が問題ですし、戦争も国益を追求したものがほとんどですし。

自分でコントロールできる範囲以上のお金を手にしたら、それに見合うようにメンタル面も磨かないと、お金のパワーに流されてしまうことってよくあるみたいです。

宝くじが当たった人が数年後には借金地獄になっているという現実もあるくらいですから。

問題となっているのは06年8月、小室が手掛けた計806曲分の著作権を10億円で売却すると兵庫県芦屋市の投資家男性に持ち掛けたこと。その曲の大半は小室が作詞作曲したものだったが、実際は著作権を譲渡する権限はなかったという。それを知りながら、同月に代金の一部として男性から5億円を受領し、だまし取った疑いが持たれている。

なんで、あれほどのヒットメーカーであり日本の音楽産業に「プロデューサー」という職業を広めた人が、こんな詐欺事件の疑いをかけられるほどになってしまったのでしょうか?

ちょっと気になったので、小室哲哉さんに関する記事を調べてみました。

ざっとまとめてみます。

・一時は年間のCD売上高が400億円を超え、年収は20億円以上。

・絶頂期には納税額が10億円を超え、1996〜97年の高額納税者番付では全国4位にランクイン。1997年の納税額は11億7000万円で推定所得は約23億円。日本の音楽史上最も稼いだ男と言われた。

・豪邸を構えた米国のロサンゼルスに行くとき、渡航費用は片道だけで2000万円もかけていた。ファーストクラスを全席貸し切りにするというばかばかしい金の使い方をしていた。(芸能ジャーナリスト談)

・ロスやハワイに豪邸やスタジオ、ヨットを所有し、フェラーリやベンツなど何台もの高級外車を乗り回していた。

・都内の高級ホテルでスイートルームのあるフロアを借り切ったこともある。

・夫妻のクレジットカードの支払いが数千万円に上ることもあった。

・東京・西麻布にある家賃計280万円のマンションに、今も自宅と事務所を置いている。

・常に世界を意識していたのか「TKと呼んでほしい」と周囲に持ちかけていた。

・1988年に大谷香奈子と結婚、1992年に離婚。

・1995年、華原朋美をデビューさせる。(恋人。1999年に破局。)

・2001年にKiss DestinationのASAMI(吉田麻美)と再婚(できちゃった婚)、2002年3月に離婚。約10億円の慰謝料や養育費を抱むが、2003年頃から支払いが滞る。

・2002年11月、globeのボーカルKEIKOと再婚。

・1998年、香港に音楽関連会社「ロジャム」を設立。株式上場させたが株価が大暴落。70億円ともいわれる負債を負う。この頃から世間が求める音楽とズレができ、人気にも陰りが出始めた。

・関係者によると「いまも1億~2億の印税収入がある。だが、浪費癖が直らないから借金は増えるばかりだった」という。

・2005年、自身が取締役を務める「トライバルキックス」が、サッカーJ1・大分トリニータへの約7000万円のスポンサー料を滞納。

・2006年、離婚した前妻への慰謝料と長女への月200万円の養育費の支払いに窮し、「収入減と債務増大で経済的破綻(はたん)の危機にある」と慰謝料の減額を求めて東京家裁に調停を申し立てたが認められなかった。

・借金返済のために別荘やヨット、高級外車はすべて売却。これまでは出なかったバラエティー番組にもたびたび出演。

・わずか10年で借金十数億円を抱える。

・生活費は月に800万円で、事務所運営費も月に1200万円かかっていたとされる。

なんだか、あら探しみたいでイヤな感じですが、原因は事業の失敗、お金使いの激しさ、女性関係というところでしょうか。

アメリカではお金持ちがお金持ちで居続けるには、結婚相手を大切にすることがよく挙げられます。

離婚しちゃうと膨大な慰謝料を請求されてしまいますからね。

あとは、時代の変化に柔軟で対応できることが改めて重要なんだなと思いました。

それにしても、小室さんを訴えた兵庫県在住の投資家は、5億円も振り込む前に著作権の保有者をちゃんと確認しなかったんでしょうか?

小室哲哉 おしゃれ30・30

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追伸(2008年11月5日)

海外のメディアでも小室哲也さんの詐欺容疑事件が取り上げられています。

guardian.co.ukでは、「Japanese pop producer arrested for fraud」というタイトルで、小室さんの写真も掲載しています。

小室哲也の写真

写真の下のキャプション(注釈文・説明文)には次のようにあります。

Tetsuya Komuro … he once boasted, ‘As my bankbook only shows up to 10 digits, I’ve lost track of my money’

『小室哲哉 … 彼はかつて「銀行通帳は10桁までしか表示しないので、それ以上は自分のお金についてはよく把握していない。」と誇らしげに語りました。』

10桁ということは???・・・10億円ですね。思わず数えてしまいました。。

小室さんは100億円レベルで稼いでいたので、通帳に記帳される99億円以上のお金のことはよく分かっていなかったようです。

そして、次のように続きます。

Tetsuya Komuro, one of the most successful producers in Japanese pop music history, was today arrested on suspicion of fraud, as it emerged that the impresario had squandered billions of yen he earned in the 1990s.

『日本のポップミュージックの歴史において最も成功したプロデューサーの1人である小室哲哉が、本日、詐欺容疑で逮捕されました。・・・』

International Herald Tribuneでは「Jane Fonda, Tetsuya Komuro, Britney Spears」というタイトルでジェーン・フォンダやビリトニー・スピアーズと一緒に報道されています。

The top-selling Japanese music producer Tetsuya Komuro was arrested in Osaka on fraud allegations this week, his company said, marking a stunning downfall for a songwriter whose tunes dominated the country’s pop music scene in the 1990s. Avex Group Holdings provided no details of the case. But news media reports said Komuro, who is deeply in debt, allegedly defrauded an investor in 2006 of 500 million yen (about $4.2 million at the time) over sales of copyrights for 806 of his songs. Komuro, 49, sold a reported 170 million compact discs in the 1990s. He began his music career as a member of the popular rock band TM Network in 1984 and produced many songs that sold in the millions, including Namie Amuro’s “Can You Celebrate?”

Billboardのサイトにも「J-pop Producer Komuro Arrested」とういタイトルで記事が掲載されています。

Tetsuya Komuro, the J-pop producer and songwriter who ruled the Japanese pop scene in the 1990s, has been arrested on fraud charges.

読売新聞の「小室哲哉プロデューサー逮捕へ、著作権巡り5億円詐取容疑」という記事によると、小室さんは楽曲の著作権をエイベックスや音楽出版社に譲渡していたようですが、それでも年間約3億円の著作権使用料収入があったようです。

実際には、小室プロデューサーは著作権を「エイベックス・エンタテインメント」(東京)などの音楽出版社に譲渡しており、806曲の年間著作権使用料収入約3億円のうち日本音楽著作権協会(JASRAC)から約1億円、音楽出版社から約1億円の計2億円を受け取り、残る1億円は音楽出版社が受け取っていた。

この3億円の著作権使用料のうち、小室さんにどれだけ入るのかは分かりませんが、借金さえしてなければ、普通に豪勢な生活ができる収入ですね。

借金をしてしまうと、利子が付きますからね。借金の額が大きくなればなるほど利子も大きくなります。

事業の失敗などで、数十億円の負債を抱えていると報道されているので、利子の支払いだけでもきついと思いますね。

Yahoo!ニュースには「【小室逮捕】「Departureからarrivalへ」 告訴人の訴え原文」という記事で、告訴人の言葉があります。

ちょっと気になる箇所があるので引用します。

数年前、小泉改革の中で小泉元首相が「資源を有しない日本が生き残るためには、特許権、著作権をはじめとする知的財産の有効活用しかない」という旨の発言をされており、知的財産の権利、取引の明確化、グローバル化のための法整備が国策として進められています。

 沖縄サミットのイメージソングをプロデュースし、国連親善大使を務めた公人、小室哲哉が自らの著作権を材料に詐欺を行い、刑事事件化するということは、関係音楽出版社やタレントプロダクションのみならず広く日本経済全般に影響を与えることになります。

 さらに日本が保有する様々な知的財産に対する国際的信用を著しく失墜させるということが想定されました。

 これまでの2年間、私はそのような事態は避けたいという思いで、精一杯の慈悲心を持って円満解決の道を探ってきました。

おそらく告訴人である投資家さんは、小泉さんが言った「著作権をはじめとする知的財産の有効活用」という言葉に多かれ少なかれ影響を受けて、小室さんから楽曲の著作権を買い取って著作権ビジネスをしようと思ったはずです。

そうだとすると、それなりに自分で著作権について勉強して最低限の知識を身につけているか、もしくは、その道の専門家に調査を依頼するなどが普通に考えて常識でしょう。

僕は素人としての視点でしか見れませんが、「JASRACのデータベースとかちゃんと調べたのかな?」とか思ってしまいました。

JASRACの作品データベース検索サービスで「権利者名」に「小室哲哉」で検索すると、次のようにたくさんの曲が出てきます。

JASRACの作品データベース検索サービス

で、例えば、安室奈美恵の「CAN YOU CELEBRATE?」という曲をクリックしてみると、次のような権利者情報や管理状況が出ます。

安室奈美恵の「CAN YOU CELEBRATE?」

同じく、globeの「FREEDOM」や華原朋美の「I’m proud」も調べてみました。

globeの「FREEDOM」

華原朋美の「I'm proud」

まぁ、僕は著作権に関することは全くの素人なので、よく分かりませんが、このようなJASRACにある権利者情報や管理状況を見て、投資家さんは「小室さんがすべの曲の譲渡権利を持っていると主張するのはおかしいのではないだろうか?」とか思わなかったんですね??

5億円を入金する前に専門家に調査を依頼したりとか考えなかったんですかね??

僕のこの疑問自体が本末転倒なのかな??

推測以外のなんでもないですが、小室さんも投資家さんも実は両方被害者で、陰に黒幕がいるような気がするのは僕だけでしょうか。。。

追伸(2008年11月9日)

メモ的な追伸です。

asahi.com『小室が飽きた小室サウンド』より

小室は83年に3人組のバンド、TMネットワークを結成。86年に渡辺美里が歌った「My Revolution」の作曲で最初の成功をつかむが、2年後に英国に渡って拠点を移す。当時流行したユーロビートやレイブというダンスパーティーに出会い、これで小室サウンドの基礎が固まった。

小室サウンドは「売れる定式」の反復だという批判はあった。ただ、例えば坂本龍一は評価した。小室と坂本の音楽を比較分析した『楕円とガイコツ』(太田出版)が坂本の小室評を紹介している。〈小室さんを批評する人はね、パターンだけで作ってる人とか、いろんなことを言うし、そういう面もあるんだけど、一見あたりまえのコード進行でもってきても、必ず小室になっている(中略)それは頭とか技術ではなくて、才能ですけどね。そこがマジックなんですよね〉

人気絶頂の中、米ロサンゼルスに拠点を移すと、米国デビューし、フランスでも活動し、香港に拠点を作り、活動は海外に傾斜していく。

「プロデューサーとして、ある時期の日本の市場を作った自負はある。でも近年、ミュージシャンとして方向転換の必要を感じた」「海外の要素を日本流に取り込んでヒットを出す手法は、いろんな人がやるようになった。もっと濃度の高い、最新型の音楽を出したい。日本の一般のリスナーには突拍子もない音かもしれませんが」

自分が築いたものに飽きた——そんなふうにも受け取れる。小室は早熟だった。キャリアの頂点は5年ほどだが、3歳でバイオリンを始め、やがてシンセサイザーに目覚め、中学で作った曲は教師を驚かし、音楽漬けの暮らしで早稲田大を除籍された。ヒットチャートを塗りつぶし、もう十分と思うことはあり得る。

小室は小学校5年で行った大阪万博で、作曲家で、日本のシンセサイザー演奏のパイオニアである冨田勲の音楽に衝撃を受けた。その冨田は、小室の逮捕についてこう述べた。「あれだけいい音楽を作っていたのに。信じられない。人をだます気持ちがあれば、一般大衆に向けた曲など作れないはずだから」