池田信夫「イノベーションの経済学」第5章 技術革新

SBI大学院大学がYouTubeにアップロードした池田信夫さんのイノベーションの経済学「第1章 イノベーションとは何か」と「第2章 イノベーションの思想史」と「第3章 経済成長と生産性」と「第4章 起業家精神」の続きです。

第5章は「技術革新」というテーマです。

「破壊的イノベーション」「汎用技術」「日本はなぜ立ち遅れたのか」の3つの分類で技術革新について説明しています。

すでに世の中はプラットフォーム自体が変更しているんですね。それに気づかないと立ち後れてしまうんですね。

イノベーションの経済学

第5章 技術革新

第1節 破壊的イノベーション

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イノベーションは技術だけではないが、技術がコアであるということは間違いない。

何かの形で特殊な技能なりスキルなりを持ってないと、ただ単に思いつきだけで新しいビジネスはできない。

技術革新がイノベーションの重要な鍵であることは間違いない。

技術革新については色々あるが、この種の議論の教科書的な存在になっているのが、ハーバードビジネススクールのクレイトン・クリステンセンが書いた「イノベーションのジレンマ」が有名で、イノベーションというものについての考え方をある意味で一変させたといってもいいくらい影響力の大きなテキスト。

イノベーションのジレンマ—技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)
クレイトン・クリステンセン 伊豆原 弓
4798100234

クレイトン・クリステンセンは、HDD(ハードディスクドライブ)産業の歴史を20年くらい調べた。

メインフレームの頃のハードディスクは非常に大きく、「2001年宇宙の旅」に出てくるようなハードディスク(14インチ)。

この時代からミニコンピューターの時代になると8インチとなり、5インチ、3.5インチ、2.5インチとなった。最近では、iPodに入っているハードディスクは1.25インチになったり、1インチ以下のハードディスクドライブもある。

ハードディスクドライブがどんどん小さくなってくる中で、トップメーカー5社くらいを調べてみると、14インチのトップメーカーが8インチになると全部入れ替わっている。14インチの頃のトップメーカーはほとんどみんな倒産してしまう。8インチに全く新しいトップメーカー5社が出てくる。

5インチになると、8インチの頃のトップメーカーはほぼみんな倒産してしまって、また新しいメーカーが5インチのトップメーカーとなる。

ハードディスクドライブのサイズが小さくなる度に、このようなことがずーと繰り返される。

ごく稀に生き残るメーカーもある。QUANTUM(クァンタム)は20年くらい生き残った珍しい例。

他のハードディスクメーカーは、ハードディスクドライブが代替わりする事に潰れてしまう。

顧客は14インチから8インチに移行するよりも、14インチの方が良いという顧客は多い。

たとえば、8インチのミニコンピューターを使っている顧客は、5インチのハードディスクが出てきても、当時の5インチのハードディスクの性能は悪いので、「あんなおもちゃみたいなディスクはイヤだから、8インチの性能をもっと上げてくれ」と言う。

そうすると、お客さんの声をちゃんと聞いて、優良顧客の言う通りにやることによって、結果的にはダメになってしまうということが起こる。

実は、この現象はハードディスクだけでなく、色々なものに見い出せるということをクレイトン・クリステンセンは発見した。

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メインフレームがミニコンピューターになってパーソナルコンピューター(PC)になった時も、ハードディスクドライブの時のような現象が起きた。

ミニコンピューターのトップメーカーは、ディジタル・イクイップメント(Digital Equipment Corporation / 通称DEC)で、CEOはケン・オルセン。

ディジタル・イクイップメントは一時期、IBMに次ぐ世界第2位のコンピューターメーカーだった。それなのに、1980年代になっても、パーソナルコンピューター(PC)を作らなかった。

なぜなら、ケン・オルセンは「家庭にコンピューターは必要ない。従って、パーソナルなコンピューターは必要ない」という信念を持っていたので、CEOがパーソナルコンピューターを禁止した。

その結果、ディジタル・イクイップメントはコンパックに買収された(コンパックはHPに買収された)。

一時期のIBMも1990年代の初頭には大赤字を出して、5万人の大レイオフをやって、倒産の一歩手前までいった。それも、結局、パーソナルコンピューターのマーケットを軽視して、「今までの自分たちの性能の良いマシンが一番良いんだ」「パーソナルコンピューターのようなおもちゃは、製造する側にとってもそれを使う顧客にとっても、安くて性能の劣るものは使うべきではないんだ」とついつい皆思ってしまう。

同じようなことは、インターネットが登場した時にも起こった。

1990年代に入ってからでもNTTの人々はインターネットを拒否している。

日本で一番最初に「IIJ」というISP(インターネットサービスプロバイダ)が1992年に事業認可を申請した時に、理由もなく1年間待たされた。

インターネットは世界中のコンピューターをリレーして情報を伝えていくベストエフォートのシステム。

当時のNTTのデータ通信は電話交換機の代わりに大型コンピュータを置いて、そこがすべての情報をコントロールして、すべてのお客さんから情報を集めて、すべてのお客さんに情報を出すという電話型のシステムだったので、そういうものはきちんと信頼性を担保できるので、通信として認められるとNTTは考えた。

しかし、インターネットのようにどこを通って、どっから情報が盗まれるのか分からないというようなネットワークは、通信業者として認められないということで、「IIJ」は1年認可を待たされた。

そのおかげで、日本でインターネットがスタートするのは1年遅れたという有名な事件があった。

その後も、NTTはインターネットの採用にはずっと否定的だった。90年代の末までISDNにこだわって、結果的にはISDNを使う人はいなくなり、トータルで1兆円くらい設備投資をムダにしてしまった。

同じような例は山ほどある。

クレイトン・クリステンセンは日本メーカーがかつては破壊的イノベーションの担い手だったという例が多い。

たとえば、トランジスタラジオは1950年代のアメリカでは真空管ラジオが当たり前で、大きなラジオが居間にあって皆がそこに集まって聴くものだった。

そこに、ソニーが開発した小さなトランジスタラジオは非常に性能が悪く、当初は「こんなものはダメだ」と言われたが、あっという間にソニーのラジオが世界を制覇した。

オートバイも同じ。1950年代くらいまでのアメリカのオートバイは、今で言うハーレーダビッドソンみたいなものすごくごっついオートバイが当たり前だった。当時のオートバイのエンジンの制約もあって、あれくらい大きくないと一定の性能が出なかった。

そこへ、ホンダが「スーパーカブ」という今で言うママチャリのような小さなバイクを投入した。当時のアメリカでは笑い物になり「50ccくらいの小さなオートバイなんて売れっこない」と言われていた。

ところが、圧倒的に値段が安い「スーパーカブ」は売れた。「スーパーカブ」が売れたら、今度は少し性能の良い100cc以上のオートバイが売れるようになって、ホンダは世界のトップメーカーにあっという間になった。

自動車も同じ。1970年代頃までは自動車と言えば、キャデラックのようにバカでかくて、ガソリンをがぶがぶと食うような車が当たり前。「そういうものがお金持ちの乗るものだ」とされてきた。

そこへ、1973年に石油危機(オイルショック)がきて、ガソリン代がすごく上がった。すると、おもちゃのようだとバカにされていた日本のカローラなどの小さな車が燃費が良いので売れ始めた。

売れ始めてみると、日本車は故障が少なかった。当時のアメ車は信じられないくらい故障が多かった。ところが、「日本の車は壊れない」ということが分かって、日本の車が売れるようになった。

これはある意味でいうと、「破壊的イノベーション」とクレイトン・クリステンセンの本では言っている。

今までの価格が高くて大きくてガソリンをがぶがぶ飲む車に対して、安くて性能は良くないけれどコンパクトで比較的貧しい人向けのものが出てくる。

そういうものは最初はバカにされる。

ところが、低性能低価格のものがだんだんと性能が上がってくる。

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ハードディスクの例だと、最初に14インチのマーケットが立ち上がってくる。ある時期からハードディスクの性能が市場の性能を上回ることが起こる。本当は市場の求めている性能はそれほど高いものじゃなくて、もっと安く使いやすいものが良いのだが、どんどん今までの技術の蓄積の上で性能が上がっていく。

すると、そこへ8インチのハードディスクが出てくる。最初は性能は悪いんだけど、だんだんと性能が上がってくる。そのうちどんどん8インチのハードディスクの方が売れてきて、コストも安くなって性能も上がってくる。

すると、同じように5インチのハードディスクが出てくる(パーソナルコンピューター用)。最終的には3.5インチとか2.5インチといった新しい世代に変わっていく。

ほとんど同じようなパターンで、市場の要求に対して製品の性能が追いつくが、ある時期から過剰性能になってしまう。

キャデラックの例だと、普通の人が移動する手段としてキャデラックのような大きな車はいらないのに、いつのまにか車は大きくてガソリンを食う派手なものが人々の地位の象徴だとなってくる。

そうすると、お客さんに「何がいいですか?」と聞いても、お客さんは「やっぱりキャデラックみたいな車がいい」と答えてしまう。そこで、顧客の要望に忠実になるとキャデラックのようなものを作り続けてしまう。

ところが、ある日、石油の値段がどーんと上がると、キャデラックのようなガソリンを食う車の売上はどーんと落ちる。

つまり、大型車のメーカーと大型車の顧客は、同じものを見ている。性能が良くて大きくてコストが高いものを皆求めている。

しかし、そういうお客さんとそういうメーカー以外にもマーケットは存在する。

本当のイノベーションとは、線に沿ってずーと性能が上がっていくというのような単純な改良によって行われるということは珍しくて、ハードディスクの例と言うと、14インチにマーケットに対して、新しい8インチのマーケットを開拓して、そして14インチのマーケットを破壊していく。創造的破壊(シュンペーター)。

たとえば、5インチのハードディスクが出てくることによって、8インチのマーケットそのものが壊れていく。そして、古いマーケットを壊すことによって5インチのマーケットのイノベーションが伸びていく。

つまり、イノベーションとは闘いの側面を持っているということが重要なテーマ。

日本の企業は線に沿って改良していくのは得意だが、全く新しいマーケットを作り出すのということは、かつてはホンダ・ソニー・トヨタといった日本のメーカーは海外では破壊的なイノベーターとしての役割を果たしたが、そういった会社は大きくなってしまったので、今となっては破壊される側にまわりがちな面が多い。

日本の経済、製造業が行き詰まっている1つの原因は、今までの既存の市場の中での改善になりがちなこと。

クレイトン・クリステンセンの議論というのは、その後も色々な例が上がっているが、一番典型的な創造的破壊はインターネットであると言っている。

インターネット自体はテクノロジーとは言えないが、インターネット以前のネットワークに依存しない、つまりスタンドアロンのビジネスをインターネットが全部置き換えていく。

たとえば、グーグルがやろうとしていることはそれに近い。

サンフランシスコで行われたコンピューターの関係の会議では、8〜9割の人がGmailを使っているというくらい、グーグルのサイトにアクセスして情報を取る。Eメールもグーグルのサイト経由で送る。

それは、かつて、マイクロソフトがスタンドアロンのソフトでIBMを駆逐したのと同じように、グーグルのネットワークベースのシステムがスタンドアロンのソフトウェアのビジネスをマーケットごと破壊していくということが起きている。

イノベーションというのは、創造でもあると同時に破壊でもある。

日本のメーカーが海外ではかつて破壊的な役割を果たしているのに、日本ではなぜできないか?

おそらく、日本人同士では遠慮してしまうからではないか??たとえば、大型店ができて、駅前の商店街がおかしくなると、政治的なもめ事になる。

このようなことがあるから、国内のマーケットでは創造的破壊は進まない。

それを、あえて、国内でも進めることを考えないと、本当の意味でのイノベーションは進まない。

第2節 汎用技術

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ここからは技術革新を具体的に見てみる。

最近、よく使われる言葉に「汎用技術(General Purpose Technology)」という言葉がある。この言葉は新しくできた言葉ではなく、1995年頃から経済学でよく使われる概念。

技術には大きく分けて2つの種類がある。1つははっきり目的のある技術。たとえば、マイク、時計、カメラ、ボールペン。ボールペンには字を書くという目的しかないし、そのためにボールペンは作られている。

ところが、汎用技術は特定の目的を必ずしも持たない。たとえば、蒸気機関、電力、コンピューター、インターネット。

電力だけあっても何もできない。電力を使って時計を動かす、カメラを動かす、マイクを動かす、電力を使うことによって何かをする。応用技術のところに目的は存在する。電力そのものには目的はない。いわば、社会のインフラ。

目的を持たない技術のことを「enabling technology」という。何かを可能にする技術。たとえば、電力を使って撮影なら撮影を可能にする技術。コンピューターも通信も同じ。

コンピューターがただあるだけで、キーボードがあるだけでは何に使うのか分からない。コンピューターが出てきた時にそう言われた。

インターネットも出てきた時には「いったい何に使うんだ?」とおじさん達は言っていた。

しかし、そのうち使い方は見つかる。最初は遊びで始まる。そのうち、真面目な用途で使われる。

たとえば、パーソナルコンピューターは最初はゲーム機として出てきた。だから、メインユーザーは若いオタク。

そのうち、表計算が出てきた。これは、非常に重要な発明。それまでは、帳簿で計算するという作業は手作業だった。電卓たたいて、縦横全部計算する。経理の人々の計算はもっぱら手でやっていた。社会保険庁で問題になったように、入力のところで多大なエラーが起こる非常に能率の悪い仕事をやっていた。

それを最初からキーボードで入力するようにすれば、社会保険庁のような間違いは起きない。

今となっては常識だが、1970年代後半にスプレッドシートというものが出てきたことによって、最初はゲーム機だったパーソナルコンピューターがビジネス用の機械になった。それによって、あっという間に世界に普及し、性能もぐんと上がって、かつてはメインフレームでしかできなかったような帳簿の計算や経理もできるようになった。ビジネス用途に使えるようになった。

最初は一見目的のない技術のように見えたけど、ある時、突然目的が見つかって、しかもそれがインフラになっているコンピューターと別のソフトウェアとして実現することが多い。

たとえば、かつての日本ではパーソナルワープロが多かった。ワープロ専用機。ワープロを書くだけで他の仕事はいっさいできない。シャープで書いたファイルはNECでは読めない。そんなパーソナルワープロがたくさん生産された。

しかし、ある時期以降は、パーソナルワープロはなくなり、パーソナルコンピューター+ワードプロセッサー用のソフトウェアというように、水平分離が起こった。

つまり、ベースにある汎用技術と、その上で使われる応用技術の分離が起こる。このようなことが、情報革命が起こって以来、様々な分野で起こった。

なぜ、水平分離が起こるのか?

それは、固有の技術、たとえばボールペンのために作ったものは、決してそれ以外の用途に使うことができない。しかし、仮にボールペンを電子的に実現して、タッチペンでコンピューターに描くようなものができたとすると、ソフトウェアを変えればタッチペンで描ける図形の高度化ができる。

でも、物理的なボールペンである限りは、そのボールペンの性能は物理的な限界を超えることはできない。

ソフトウェアで実現すれば、様々な拡張性が出てくるし、互換性があれば色々なメーカーのものを使うことができる。

ソフトウェアに変えることによって、部品を取り替えても、同じ機能が実現できるようになる。

また、色々なものが競争するようになるので、イノベーションが盛んになる。

これが、水平分離が起こる原因。

昔は製図は職人さんが手で描いていたが、今はCADで描くのが当たり前。コンピューターで製図して、製図したものがそのまま工程で使うようになっている。製図機→CADソフトウェア。

計測器も計測するセンサーの部分はコンピューターにはならないが、データを処理する部分はPCになっている。計測器→PC+センサー。

工作機も昔は手でやっていたものが、NC工作機のように数値制御になった。今はNCで制御する部分がPCになってオープンNCになって汎用化した。工作機→オープンNC。

固有の物理的な作業と、それをコントロールする制御の機能の分離が様々な分野で起こる。

それによって、プラットフォームがグローバルに1つのものに収斂していく。たとえば、「Windows」や「インターネット」のように。

そして、応用技術の方はアプリケーションとして世界中で色々なものができるというように、多用なものが競争する。別の市場ができていく。

これが、汎用技術の世界の特徴。

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汎用技術が普及すると、何が起こるのか?

今までの製造業ベースの競争は、自分の使っているメーカーの時計と別のメーカーの時計が、どっちが正確か?どっちがデザインが良いか?どっちが電池が長持ちするか?といった個別の性能の競争だった。

つまり、同じマーケットの中でいかに良い物を作っていくかということが、製造業の世界での競争だった。

製造業型の競争では、中国やインドでのコスト競争を考えてみると、いつまでも日本で優位に立てるとは限らない。

シュンペーターが言ったように、一番大きな競争とは、同じ市場の中の競争とは必ずしも限らない。

たとえば、ボールぺンの市場なら、普通のボールペンに対して、消せるボールペンが出てきたり、3色のボールペンが出てきたり、違うマーケットを創造していく。新しいマーケットを創造するというプラットフォーム競争が出てくる。創造的破壊。新しいマーケットを創造するという形の競争。

ハードディスクの場合だと、14インチ、8インチ、5インチとあるが、14インチと8インチは同じマーケットの中での競争ではない。14インチはメインフレームのシステムの1部。8インチはミニコンピューターというシステムの1部。5インチはパーソナルコンピューターの一部。2.5インチはノートパソコンの1部。1.2インチはiPodの一部。

つまり、そのシステムの1部、システム同士の競争。

これは、システムの中での優劣とは一致しない。

かつて、マイクロソフトが独占的なシェアを取った時に、アメリカの司法省が取り締まろうとしたが、今のマイクロソフトはそれほど大きな独占的な地位にはない。どちらかというと、苦しんでいる。売上や利益は出ているが、成長企業とは見られていない。

なぜなら、かつは「Windows」というプラットフォームがすべてのベースだったから、「Windows」をコントロールしているマイクロソフトがその上で動くアプリケーションをすべてコントロールできていた。

しかし、今は、たとえばEメールはグーグルのサイトに行って「Gmail」で出すということが当たり前になってくると、別に「Gmail」は「Windows」じゃなくても「Linux」でも「Macintosh」でも何でも動く。

最近出ている安いコンピューターは、最初から「Linux」しか入っていなくて、アプリケーションといえばブラウザしか動かない。100ドルパソコン。

電源入れると、ブラウザが立ち上がって、グーグルのサイトに行って、あとはグーグルの中ですべて済む。こうなると、OSがそもそもいらなくなる。「Windows」も何も必要なくなる。そうなると、マイクロソフトが「Windows」を支配しているということは、ほとんど意味がなくなる。

つまり、かつては「マイクロソフトWindows」というプラットフォームの上で、ネットスケープというブラウザが出てきたこと対し、Internet Explorerでネットスケープを駆逐しようとした。

実は、今は、OSではなく、ブラウザそのものがプラットフォームになっている。

ネットスケープを作ったマーク・アンドリーセンが最初に次のように言った。

「これからインターネットで色々なことをやるようになったら、皆がコンピューターを開いたらすぐにブラウザが立ち上がるようになるだろう。そうすると、その下にどんなOS、WindowsがあろうとMacintoshがあろうと、そんなことを気にしなくなるだろう。」

これを聞いたマイクロソフトは、ブラウザが自分たちに対する脅威であると気づいた原因だと言われている。

まさに、10年くらい前にマーク・アンドリーセンが言ったことが、今起きている。ネット閲覧だけでなく、Eメールなどとブラウザの上での作業が増えている。

そうすると、14インチと8インチのハードディスクと同じように、「Windows」というマーケットの中で「Macintosh」や「Linux」が戦うのではなくて、「Windows」というマーケットそのものが過去のプラットフォームになって、グーグルのサイトという新しいプラットフォームが、皆の共有のプラットフォームになっていく。

つまり、プラットフォームの交代が起こる。これが、プラットフォーム競争。

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プラットフォームを取ること自体が非常に戦略的なこと。

プラットフォームでへたに儲けようと思うと、日本の企業はこういう傾向が強く、ライセンスを取ったりするから、結果的にプラットフォームがバラバラになり、誰でも世界のマーケットに出て行けなくなる。プラットフォーム自体で利益を出そうとして閉鎖型にすると失敗する。

たとえば、日本の携帯電話。

1つの端末がノキアのようにどこのメーカーでも動くようになっていれば、世界中に売ることができたのに、日本の携帯電話はドコモの端末はドコモでしか動かないし、KDDIならKDDIしか動かないというようになってしまった。皆、狭いマーケットの中で小さく暮らしているから、世界のマーケットでは勝負にならなくなる。

技術開発のやり方も、いわゆる中央研究所型。自前で最初から最後まで完成させる。非常に完成度が高くて規模の大きいものを、官庁とか銀行で使ってもらう。メインフレームのコンピューターなんてまさにそう。

日本の官庁のコンピューターの調達はあきれる。13府庁でほぼ13種類のシステムを使っている。メーカーとしては4〜5つだが、同じメーカーも省が違うと別のシステムを実装している。

役所がやる事務作業なんて給与計算などの決まり切った単純な事務作業しかないのに、それを全部作り込んでいるから、日立なら日立、NECならNECで調達すると、未来永劫、日立なら日立で更新していくしかない。

そうすると、最初に落札する時は1円入札なんかで安いと思っても、後からアップグレードする時は何百億円とられても文句言えない。

日本の官庁も銀行も、いわば「ITゼネコン型」と言われる調達システムの中で、メーカーに食い物にされているという状況がずーと続いている。

おかげで、日本のコンピューターの中でメインフレームの比率がまだ3割近い。これは、世界的に見てもずば抜けて高い。

なぜなら、メインフレームでお客さんが囲い込まれているから、新しいシステムは同じメーカーで作るしかない。

プラットフォームもクソもない。自分のところで全部簡潔している。系列企業も同じメーカーで統一する。「水平分業型」の逆の「垂直囲い込み型」になってしまっている。

それは、囲い込まれた中ではそれなりに能率が良いのだが、グローバルで見た場合に、日本の日立やNECや富士通といったメーカーが競争力を持っているかといったら、世界のマーケットの中ではほとんど無視されているような存在。

日本のコンピューターメーカーも通信機器メーカーもほぼ全滅に近いといっていいくらい、世界では競争力がなく無視されている。

なぜなら、囲い込み型のプラットフォームのないタコツボ型のシステムで儲けてきたから。儲けてきたメーカーが悪いのか、そういうもので儲けさせてきたバカな顧客が悪いのかは分からないが、日本のメーカーのイノベーションは囲い込み型によって行き詰まってきた。

ハーバードビジネススクールのChesbroughが言った「Open innovation」というものがある。

OPEN INNOVATION—ハーバード流イノベーション戦略のすべて
Henry W. Chesbrough 大前 恵一朗
4382055431

中央研究所型の最初から最後まで一貫してやるのではなく、ある部分の要素技術を開発する、特にプラットフォームを開発する。そして、その上のアプリケーションは自由にやらせる。Linuxは「Open innovation」。

Chesbroughが「Open innovation」として挙げている日本の例としてNTTドコモの「iモード」がある。

「iモード」は実はクローズドなシステムで、PDCPというNTTドコモ独特のパケットを使っているが、それを大井町のゲートウェイを通って、インターネットにつなぐシステムになっている。すると、そこから先は完全に普通のインターネット。お客さんから見ると、完全に普通のインターネットでやっているのと同じように使える。

結果的に「iモード」は、インターネットにすべて丸投げしたことによって、オープンプラットフォームになって成功した。

そして、グローバルにも今や「iモード」は標準になっている。これは半ば偶然だが、イノベーションとはたいてい偶然だから、そういう意味ではNTTの「iモード」は、日本発のイノベーションとして成功した極めて珍しい例。

第3節 日本はなぜ立ち遅れたのか

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率直に言って、日本企業は新しいイノベーションに上手く対応できているとは言い難い。

この理由は様々な複雑な原因があるが、おおざっぱにひと言で理由を言うと、戦後60年以上、製造業の世界で日本の企業が非常に上手くいったことがある。驚異的に上手くいった。

戦争で焼け野原になって何百何人という人が亡くなって、一時は日本は立ち直れないだろうと皆思っていた。

人も財産も全て失ったような状態から日本は立ち直ってきた。しかも、わずか60年で世界で第2位の経済大国になるまでに立ち直った。

世界の歴史の中でもこれだけ長い期間に渡って高い成長率を維持できた国はない。1970年代まで平均10%超える成長率を日本は記録している。今だに世界記録。世界市場の最高記録。

それくらい日本の戦後の高度成長期は、ほとんど奇跡と言っていいくらいの大成功。

日本人がよく働いて優秀だったということもある。

ただ、今となっては、その時にあまりにも成功し過ぎちゃった。今の会社の経営陣は、その時の成功体験をまだ記憶している、記憶をぬぐい去ることができない。

「あの時にあれで上手くいったんだから、今も、ちょっとやり方さえ変えれば上手くいくはずだ」と思ってしまう。

具体的に何が上手くいっていたのかを見ていくと、ある種の製造業。重化科学工業型の製造業ではない。鉄工業・造船業・石油化学工業といった重工業では日本の企業の国際競争力は高くない。

日本が圧倒的に優れていたのは、自動車・弱電・精密機械のような知識集約型の製造業。いわゆる、2.5時産業と言われるもの。製造業なんだけれども、知識とかサービスという付加価値の比重が高い、しかも常に品質を改善していかなければならない製造業が日本は強かった。

なぜ強かったというと、よく言われるのが系列構造。たとえば、トヨタには城下町と言われるものがあって、トヨタ本体は車を組み立てるだけだが、部品は緊密な協力関係のある下請け工場が周りにたくさんあって、しかも、設計の段階から下請けのサプライヤーと一緒に協力していく。

これに対し、GMなどのアメリカの自動車メーカーは、設計図は全部本体が描く。下請けのサプライヤーはオークションで一番安いところをおとす。そのサプライヤーはGMの描いた図面通り作る。すると、自動車が組み上がって故障があると、どこが悪いのか分からない。そうなると、いちいち最初から検査してみることになり、品質管理が難しくなる。

それに対して、日本は自動車の図面を描くところから部品メーカーと協力してやるので、自動車の部品は1万点〜2万点くらいあると言われているが、2万点ある部品のどこにどんな問題があるのか、皆が情報を共有している。だから、何か問題があった時にも対応しやすい。マイナーチェンジをしようという時にも、どこをどう直せばいいか皆分かっている。きめの細かい改良がやりやすい。

アメリカにあるトヨタの現地生産工場とアメリカにあるGMの工場を比べても、全く桁違いにパフォーマンスは違うと言われているくらい、サプライヤーと組み立てるメーカーとの協力関係が緊密にできているところが、日本の製造業の大きな特徴。

これは、自動車だけでなく、電気製品も同じ。

パーツが複雑になればなるほど、最初からみんなが情報を共有していることが強みとして出てくる。

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なぜ、強みとして出てくるかというと、1つの自動車で使うギヤやラジエターなどは別の車種に転用するのは難しい。1台の車を作る時はシャーシ(車台)から作り込んでいく。作り込む段階から「すり合わせ」で皆が協力していく。細かいところまで少しずつテストを重ねながら問題があったらチェックしていく。いわゆる「カイゼン型」で良くしていく。

こういう仕組みは日本の系列・下請け型の企業システムに向いていた。

大野耐一さんがトヨタシステムを作った。

トヨタ生産方式—脱規模の経営をめざして
大野 耐一
4478460019

トヨタが1つの工場でたくさんの車をつくらなければならないので、色々な車のラインを作り替えなければならない。すると、その度に、同じ工員が色々な車を作るから、皆がどの車がどんな構造になっているか覚えてしまう。下請けも色々な車についての部品の細かいところまで知識を自ずから共有する。

そうすると、何か問題が起きても川上のところで問題が分かる。

アメリカの自動車のトラブルは川下で分かる。完全に組上がってから動かないということが分かる。もう一回全部ばらさないとどこに問題が起きているか分からない。また、組み立てる人と検査する人は別なので、まして分からない。検査する人はどういうプロセスで組み立てているか分からないから「とにかく動かないよ」という結果だけが出てくる。工場の方は「動かない」という結果だけが出てきもどうにもできないので、最初からばらして調べるしかない。品質管理の能率が悪い。

日本は一番最初の川上の段階から、過去にどんな問題が起こったかという記録が残っているので、皆、問題が起きそうなところが分かっている。

しかも、車の大部分の部品は外注しているので、トヨタ本体ではないデンソーなどの他の会社にある問題もトヨタの中に情報として共有されている。何か問題が起こった場合にも対応しやすい。

製品として市場に出てからでも、サービスセンターに持っていってもすぐ戻ってくる。アメリカの場合は、キャデラックをサービスセンターに持っていったらひと月は戻ってこない。

日本の車は非常に品質管理がしやすい。そういう意味では、日本の製造業の品質管理型のシステムは非常に上手くいった。

プロセス・イノベーション。

分かり切った目標に対して皆が協力する仕組み。1つの目標に対して、皆が協力していこうという仕組みの組織。日本人が元々得意するところ。

良くも悪くも、日本の製造業は職能別の専門集団はない。

アメリカのハリウッドでは一時期、職域ごとの組合が200ぐらいあった。照明、美術、衣装、メイクアップの組合など。照明の人は一旦照明をセットアップしたら、その後は何も仕事はないんだけど、音声の人がいくら忙しくても、絶対に照明の人は音声の人を手伝わない。

そうすると、現場に何百人もの人がじーと立ったままいる。全体の能率は落ちる。

ハリウッド型の専門家した仕組みで自動車を作ると、膨大なムダな工員が出てくる。専門分化をしすぎたから、余分な人、遊んでいる人が多い。ラインがどこかで止まっても、人のことは知りませんよとなっている。

ところがトヨタは、ラインが止まると、止まったところに工場中の人が駆けつける。皆で協力して、その原因を究明して、止まった原因を早く直して動かすようにする。

なぜなら、ラインが一箇所でも止まったら、他の人たちの仕事もできなくなってしまうから。とにかく、一箇所でも止まったら全員が迷惑する仕組みになっているので、全員が協力して直すという自然なインセンティブがある。

「みんなが協力してやる」という良い意味で日本人的な仕組みが、自動車では上手く機能した。

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今、問題が起きているのは何かというと、イノベーションの性格が変わったこと。

汎用技術、プラットフォーム、オペレーティングシステム、インターネットといったものが、世界中で決まり切ったルールができちゃって、あとはその上で、どんなことをやってもその人の勝手という仕組みになってしまった。

さっきのように、工場の一箇所が止まったら、皆が迷惑するということはない。

たとえば、インターネットでどっかのルータが落ちたら、そのルータを迂回してインターネットは何事もなかったように動く。

良くも悪くも仕組みがいい加減にできているものだから、日本人みたいにかっちり一部の隙がないように、全く間違いがないようにキチッと品質管理するという技能があまり求められない。どちらかといえば、1つのプラットフォームの上でそれなりに動いていればよい。何か間違いがあったら、後から対応すればよいというシステムになっている。

たとえば、「Gmail」なんかは、何か間違いが起きたら、それに対応できるシステムを後から作ればよいという、悪く言えばいい加減なシステムになっている。

日本人はそういういい加減なシステムに慣れない。日本人は問題を起こさないようにしないといけない思ってしまう。

たとえば、ローソンのおでんの賞味期限が1日ズレていたからと社長が記者会見してお詫びしたり。別におでんの賞味期限が1日遅れていたからといって、それで死ぬ人がいるわけではないのに。

賞味期限というのは、厳密に法的な基準があるわけではない。メーカーにまかせてつけている。メーカーは問題が起きたら困るから、なるべく早めに賞味期限をつけておく。クレームが来た時に「それは賞味期限が過ぎているから、当社の責任ではありません」と言える。

だから、メーカーはなるべく早め早めで賞味期限をつけてしまう。

だから、スーパーやコンビニでは、まだ食べられる食品を大量に捨ててしまう。

今、日本で1年に捨てられる食品廃棄物は1900万トンで、日本の農業生産物とほぼ等しい。

日本人は少しでも問題があると、責任者が自分の首が飛ぶのがイヤだから、問題を上流でなくそうとする。問題をゼロにしようとする。

それは、自動車みたいなものにとっては部品が組み合わさってから問題が起きては困るので、上流のところで問題をなくすのは良い。

しかし、おでんとか弁当みたいなものまでに厳密に品質管理をしすぎると、逆に問題が起き過ぎちゃう。

情報ネットワークのようなものについていうと、何も問題が起きないようにとやると、会社の中でハードディスクが使えないとか、USBメモリが使えないと、ものすごく不便になる。

日本人の製造業に過剰に適応した品質管理型の仕組みが上手くいかなくなっている。

パラダイムの変化が起こっている。

製造業型の単純な仕組みは、中国などに移転している。

これからは、サービスやソフトウェア、金融といったもっと複雑な、プラットフォームの上に乗ったアプリケーションのところで勝負していかないといけない。そういうものは、完全に1から作り込んでいくということにはならない。なぜなら、プラットフォームは他人が作ったものだから。

モジュール化が起こっている。

プラットフォームは全世界で1つだとすると、上のアプリケーションはモジュールとして何でも組合わせていい。1箇所壊れたら全部おかしくなるという風にはなっていないので、壊れたら壊れたところだけ直せばよい。品質管理があまり厳密でなくていいシステムになっている。

こういうところに、日本人はなかなか適応できない。

ここのところを、若い世代の人がイノベーションの仕方を変えていかないと、今の情報革命以降の、特にネットワーク時代のイノベーションにはなかなか着いていけない。

「第6章 ファイナンス」に続く

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